2005年06月28日/ 知念正真

人類館

『カクテル・パーティー』のときは、頭に浮かんだことをえいやっと書いて載せましたが、そのやり方だとやはりだらだらしてしまうので、もうちょっと取捨選択して載せることにしました(でもやっぱり時間はかかりましたが)。なお、事件そのものの参考文献はまだ読んでいませんので、今回は作品の感想に留めたいと思います。

女  人間、誰にだって、話したくない事があるよ。誰にも聞かれたくない事があるよ。だから黙って、……あきらめて恥を忍んでいるんじゃないね。
沖縄文学選』に収録されているこの戯曲は、学術人類館という枠の中で、沖縄の戦中・戦後が再現される作品だと言えるでしょう。1976年、雑誌「新沖縄文学」33号に発表された本作は、78年に岸田國士戯曲賞を受賞しています。作者の知念正真(ちねん せいしん、1941-)は沖縄市生まれの劇作家・演出家で、他の作品には『コザ版どん底』(1986)、コザ版ゴドー』(1988)などがあります。

 調教師ふうな男、陳列された男、陳列された女。たった3人の登場人物なのに、とてつもなく色々なことが起こります。学術人類館、小学校の給食時間、飲み屋、取り調べ室、精神病院、戦時中の壕の中……目まぐるしく移り変わる場面や雰囲気に沿って、3人の役柄も次々と変わっていきます。あるいはその逆かもしれません。後半になるほど、映像のモンタージュのような印象を受けました。

 ひどい扱いを受ける場面が多いながら、男女の会話はあっけらかんとしていて、昔の思い出を語ったり喧嘩をしたりするところには滑稽味さえ感じられます。大抵の場合は調教師が高圧的な役割で、陳列された男女が弱い立場にいるのですが、ところどころで「おや?」と首を傾げてしまう場面も。最後の皮肉な展開は、予想だにできませんでした(少なくとも私には)。

 戦時中を描いた場面は、初めて聞くことばかりではないのに、やはり生々しい衝撃を与えるものです。今回この戯曲を読んで強く感じたのは、やはり言葉の力はとてつもないということでした。

調教師  (中略)貴様は何ものだ? 言ってみろ! 言わねえのか、この野郎! さあ言え、貴様は何だ?
男  ……に、人間……、
調教師  何ィ?
男  人間、誰にでも話したくない事が、あります。誰にも聞かれたくない事があります。
調教師  だから、何だ?
男  だから、諦めて恥を忍んで、黙っている訳です。
 取り調べ室の場面。女と喧嘩しているときに、自分に向かって言われた台詞を、男は調教師演じる刑事の前で繰り返します。この台詞のあと、男は堰を切ったように、戦時中の凄惨な光景を語り出します。自分の素性を、戦争体験という形で「吐く」のです。

 私たちは、何でも中立的に、冷静に判断しようとするあまり、吐くようにして苦しみを語る人々の気持ちに対する想像力、そして語られている状況への想像力までも、失いつつあるきらいはないのでしょうか。



Posted by あゆ at 04:25│Comments(10)
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沖縄/教育権力の現代史【タカマサのきまぐれ時評】at 2005年10月19日 04:31
この記事へのコメント
けさのNHKの番組「生活ほっとモーニング」を思い出しました。
米軍兵士の被害に遭った女性が「聞かれたくない事」「話したくない事」を話していました。「未来のため」に。

人類館は、大阪での事件であったこともあり、沖縄が被差別と差別の微妙なボーダーを揺れ動いている象徴的なケースであったこともあり、2年間の「博覧会ゼミ」でくり返し取り上げました。

ただ一点。人類館が博覧会場の中にあったと思っている人けっこう多いですけれど、そうではなく、博覧会に便乗して会場外で開かれていたイベントだったのですね。
そのことだけ付言しておきます。

Posted by 沖縄・八重山探偵団 at 2005年06月28日 11:50
>博覧会に便乗して会場外で開かれていたイベント

「場外パビリオン」という説明は『沖縄文学選』で読みましたが、そういうことだったのですね。補足してくださってありがとうございました。

「被差別と差別の微妙なボーダー」、この様相は決して忘れてはいけませんね。
Posted by あゆ at 2005年06月28日 13:34
 人類館事件は、沖縄側の複雑な状況を端的に示していますが、それと同時に、私たちは日本の近代化についても、考える必要があると思います。なぜ沖縄は差別する側に置かれ、差別する側にまわってしまったのか。それは、まさに丸山真男氏のいう「抑圧移譲」という反応になります。

 そこで出てくるのが、支配構造との関連性です。私はこの点について、卒論にまとめたのですが、沖縄は、日本が台湾や朝鮮を植民地支配するときに、モデルとして利用されていたということなんです。つまり沖縄を琉球処分によって日本に組み込み、同化教育をすることで、「日本人」という意識を埋め込む。そしてそれを沖縄の人々が、その意識を内在化することによって、さらに日本の植民地支配を支えることにもなったのです。

 そのような流れから、「琉球は長男、台湾は次男、朝鮮は三男」という意識につながり、様々な問題が起こりました。琉球は長男だから、台湾や朝鮮に手本を示さなければいけなくなり、そしてその示し方が、「日本人」になるということ。それはもちろん、日本がその尺度でしか、沖縄を評価しなかったからなんですが・・・。これによって、沖縄はますます複雑な立場に追い込まれていったんですね。

 この負の連関は、心にとめておかなければいけないと思います。
 
Posted by しろたん at 2005年06月28日 17:19
しろたんさん、詳しくてわかりやすい解説ありがとうございました。沖縄の問題から日本の近代化を考える、というのは、まさにここ1か月ほど沖縄文学に触れてから得た視点でした。

人類館事件の際、「朝鮮、生蕃と一緒にするな」という議論が沖縄から出たのは、そういう「被植民地支配地の長男坊」という意識(無意識)からだったのですね。
Posted by あゆ at 2005年06月29日 01:21
 その意識はもちろん、沖縄の人々が自然と自発的に持った、ということではないと思います。例えば台湾などでは、様々な職業で給料に関しては、日本人と同様に優遇され、一方では台湾人が不当に扱われるという状況でした。しかし沖縄の人々が日本人として同様に扱われたということではなく、日本とは違う文化や習慣に対して、深い差別もあったんです。(ここでよく問題視されたのは、ハジチについてですが)

 そういった複雑な支配構造の重層性が、沖縄の人々に「日本人」意識を埋め込むことになり、植民地支配の末端権力者として、位置付けられてしまうという状況を生みました。

 文学面では、久志芙佐子「滅びゆく琉球女の手記」や、それをめぐる筆禍事件でも、同様の意識が問題になったことがあるので、そちらも平行して読めたら、人類館事件との比較が出来て、面白いと思いますよ。
Posted by しろたん at 2005年06月29日 08:38
 前回紹介した「琉球人は長男・・・」という意識は、比嘉春潮氏が語った内容です。詳しくは、『比嘉春潮全集』第4巻、182ページに出ていますので。参考までに。
Posted by しろたん at 2005年06月29日 08:42
とりわけ八重山では、台湾の人、現在に至るまで差別されていますよね。揶揄、という形ではありますが。

支配・被支配という構造とは別に、生活習慣に起因する好悪の感情、しろたんさんのおっしゃるように複雑に入り混じりますから「差別」と一言で措定する難しさもある。

「滅び行ゆく琉球女の手記」、視点を変えて読み直してみます。『比嘉春潮全集』も。

あ。すみません。ここ、あゆさんのブログだった(汗)

人類館、博覧会のエントランスのすぐ前にありましたので、訪問者たちには博覧会の付属施設のようにとらえる人も多かったと思われます。
ちょっと「会場外」を強調しすぎましたので、再修正。
1903年以後、琉球人の「展示」はなくなりましたが、アイヌ他の「展示」が連綿と続いたことも。
Posted by 沖縄・八重山探偵団 at 2005年06月29日 09:40
>しろたんさん
補足、ありがとうございました。『滅びゆく琉球女の手記』、ぜひ読んでみます(沖縄文学選、やっぱり買ってよかった!)。

>探偵団さん
いえいえ、このような形でコメント欄が盛り上がるのは嬉しいです。フォーラムみたいに、訪問してくれた方々同士のつながりができるのも嬉しいですし。

みなさまのコメントから、新たなテーマをいただく感じがします。
Posted by あゆ at 2005年06月29日 12:47
はじめまして!
人類館があった地元大阪に住み、そして“関西沖縄文庫”Web管理人です。こちらで「人類館」の話題で盛り上がっていたので思わず書き込みさせて頂きます。

6月22日の記事及びコメント中で「そのまっとうな全体的評価(批評)すらおこなわれていません。」とあり、私達関西に住む沖縄人もまだまだ力(アピール)が足りないと感じました。

実は、今年5月15日に「人類館 封印された扉」(発行 アットワークス)という本を出版いたしました。関西沖縄文庫の有志による「人類館事件」へのたくさんの思いが凝縮された本です。資料も惜しみなく盛り込んでいますので、それだけでも必見です。

そして、こちらのブログで意見されている問題なども盛り込まれた内容だと思いますので、是非読んで欲しい一冊です。

半分、宣伝になってしまいましたが...(^ ^);
同じ思いを共有できればと思い書き込みさせて頂きました。(長文で大変、失礼しました。)

関西沖縄文庫Web管理人より

「人類館 封印された扉」は、アットワークスのホームページから購入できます。
http://www.atworx.co.jp/index.html
Posted by 関西沖縄文庫Web管理人 at 2005年06月29日 20:37
はじめまして、コメントと本のご紹介ありがとうございます! 「人類館」で検索したとき、貴サイト関連のページも拝見して、本についても、いつか読みたいと思ってチェックしておりました。リンクフリーとのことですので、させていただきますね。
Posted by あゆ at 2005年06月29日 22:20
 
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